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nakedcolor Blog 〜 ミニスカートの中はリモコンバイブ
羞恥プレイやアナルプレイが大好きなヒーリング系SM調教師LinzoのプライベートBlog。調教希望を受付中。

自由は担うには重すぎる

SMというのは、なんだかんだ言っても、とっても大変なことで、精神的
にも肉体的にも、とかく限界まで自分を追いつめがち。その中に葛藤もあ
れば自己嫌悪もあり、そして天国のような快楽と、悦び、ぬくもりなど、
アメと鞭の世界なれど、その代償を、知らず知らず支払っているもんだと
思うのです。

心の底から嬉しかったり、満たされることもあれば、もういいやと諦めそ
うになったり、結局だめんだと失望しそうになったり、...テンション
が上がったり下がったりしがちなほど、実際ディープなものなので精神的
に疲れ気味の人も意外に多いのでは?

なので「意欲」をテーマにSM調教を少し考えてみました。

まず意欲を高め、前向きな自分を作るためには、まずは「脳が健康」であ
ることがとても重要で、そのポイントとしては以下の3つなんだとか。
これは調教にも応用できると思うので、ちょっと掘り下げて考えてみま
しょう。

・欲
・好き・嫌い
・ほどよい興奮

M奴隷が頑張れるのって、好きだから。それも確かなんですが、できるこ
とが多くなると自然に「好き」になるのも確か。「欲」を理解して、それ
をベースに進めば、ほどよい興奮とともに、出来ることが次第に増えてき
て「好き」の中で意欲をかきたて、よい循環となれそうです。

でも少し遠い目標があったとして、たとえばアナルセックスができるよう
になるとか、ご主人様の肉便器になるとか、今の私には到底無理だという
ことを、ふとご主人様にいい渡されたとしても、それは5歩ぐらい先にあ
るゴールなわけで、そこに至るための最初の一歩ってなんだろう?って考
えてみるとよいかも。

今できそうな一歩なら、足がすくむのだって押さえられないか?例えば、
アナルセックスが無理にせよ、指をアナルに入れて弄んでくださいとお願
いしてみるとか、お風呂でご主人様の体をあらって奉仕したりしている時
に、ご主人様のオシッコを体にかけてもらうとかね。

それから「誰のために?」っていうのが重要で、ご主人様に喜んでもらい
たいからとか、そういう方がうまくいくイメージがあり、意欲的にもなり
やすいのは確かです。(実感がある人多いのでは?)

「自由は担うには重すぎる」という言葉、誰が言ったのか忘れましたが、
ようは人間の脳は選択肢が無限にあるような状態には耐えられずに、か
えって思考停止に向かってしまうということらしいです。

なるほど確かにそれはあるな。バランスの問題でもあり「自分のために」
が「誰かのため」を上回ってしまっても、かえって不自由を感じつことが
あるし基本的には「誰のために(=ご主人様のため、マゾ奴隷のため)」
を思い浮かべながら、「何をするのか」を決めていった方が楽チンだった
りしませんか?

それがベースにある「欲(=性欲、征服欲、独占欲?)」「好き(=だか
らやる)」「ほどよい興奮(=自分だけで逝かずに一緒に逝こう、気持ち
をゆだねて一体感を大切に)」を満たすSMが一番心地よさそう。



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  1. 2008/06/06(金) 09:30:26|
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逃げても捕まる

初めてこの世界に踏み入れるという普通の女性がM奴隷となって調教され
るようになるまで、人によっていろいろですけど、押さえられない願望や
秘密の欲望と、自己嫌悪や背徳感、様々な不安との間で、心が揺れて、
前に踏み出すためにも様々な葛藤があることと思います。

ただ実際は経験もないので、不安があるのだと思いますが、その反面で、
調教で思いっきり躾けられて(...スケベで変態的な女に、...セク
シーで官能的な雰囲気をまとっている女に)変身させてもらいたいという
思いがあったりしますか?

それとも、ディープに愛されて、ご主人さまに服従を誓って、奴隷として
尽す、奉仕する。そして命令ならどんなに恥ずかしいことであっても、奴
隷の務めと考えて実行する。そして達成したら優しく抱きしめられたりし
て。そんな幸せを夢想してしまいますか?

私からの回答としては「逃げていても、結局は捕まる」です。そうした性
癖を自覚したなら、もうそれは避けて通れないように思うのです。例え、
SMのことを忘れて、普通の彼氏とノーマルなセックスを求めて見たところ
で、どこかに満たされない何かを感じて...その穴を埋めるべく、また
SM調教の世界を求めてしまうようになってしまうはずです。

「人はその事実を認めようとしないと、ますます深みにはまる」

昔読んだ推理小説にこんな一節があったのですが、奥の深い言葉だと思い
ますね。でもどうしても認めたくない事実って誰にでもありますからね。



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  1. 2008/05/14(水) 00:30:00|
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調教が徐々にエスカレートしていく理由

例の宮崎県庁舎前の露出ヌードなど、ここのところ露出が事件になってるケース
がよくあるみたいで、そういう人を見て、「そんなに裸が好きならヌーディスト
村にでも行けばいいのに」という人がたまにいますが、それって本質的なこと、
まったく理解していない人の発言だと思いませんか?(確かに社会通念上やって
はいけないことだし、あのような場所で露出する行為を、悪いとする人の意見を
否定しているのではないです。)

ヌーディスト村で裸になる事は、ある意味自然なことであり、見られてはいけな
いスリルのある露出とは、明かに違う行為だということなんですね。

例えば銭湯で裸になるのは恥ずかしい行為ではありませんが、コンビニでにな
ることは恥ずかしい行為です。それはなぜか?とよくよく考えてみると、銭湯は
身体を洗う場所であり、裸でなければ当然洗うことができません。裸になること
には必然性があり、自分以外の全ての人が皆裸だから恥ずかしくないわけです。

一方コンビニでは裸になる必然性はまったくなく、自分以外の人は皆衣服を身に
付けています。自分一人だけが裸...羞恥心が生まれる原因は、周囲の多くの
人と自分が異なる場合に生まれるものと考えるとわかりやすいかもしれません。

もし、コンビニにいる全てのお客さまが裸だったら、羞恥心のほとんどは取り除
かれるものと思われます。野外で裸になるのだって、祭りで褌一丁で神輿を担ぐ
のに、恥ずかしいなんて言う男は逆に笑われてしまいます。

また、あるSM嬢が始めて浣腸をされた時、死ぬほど恥ずかしかったのに、今では
何も感じないと言います。SMクラブで浣腸されることは仕事(当たり前)であり
、必然性があると思うようになったのがその理由だと思います。その行為を理解
している「マニア」が集うと、その集団の中では、その行為は「必然性」ですか
ら羞恥心がなくなるのですね。

羞恥心が生まれる原因は、多くの人と自分が異なっていると自覚した時や、必然
性のない行為をしていると自覚したときに、その不自然さに感じる感情で、特に
女性はそれに敏感だと思います。

そんな中でもM性を持ち合わせている女性は、特に背徳感や倫理観のフィルタが
しっかりしていて、それが反作用のように後押しをして、羞恥に対して、快楽が
伴うほどに敏感です。

羞恥プレイや露出などに限らず「快楽」はM女性にとって必要なファクターの
一つです。

ただ快楽と言っても全てが気持ちいい行為ではなく、苦痛から開放された場合も
同種の快楽と言えます。浣腸が好きなM女性の場合、便意の苦痛から解放された
時に快感を得ます。

快楽とは「苦痛」と「快感」の表裏一体に存在するものです。

鞭や蝋燭もこれと同じです。鞭の痛みや蝋燭の熱さといった苦痛からの解放が快
楽となるのです。そして「よくやったな」というご主人様のねぎらいの言葉。
認めてもらえたり、その姿を喜んでくれる存在が、気持の充実につながるわけで
すね。

そしてその「耐える」「我慢する」といった行為は、徐々にエスカレートする傾
向にあります。


鞭であれば痛みの少ない「バラ鞭」から徐々に痛みの大きい「乗馬鞭」「一本鞭」
「牛追い鞭」とエスカレートしていきます。より痛みの強いことを耐えることに
より、より大きな快感を得ることが出来るからです。

浣腸の場合も同様で、最初はイチジク浣腸をお湯で薄めてといった軽いものから
牛乳、グリセリンといった形で、より刺激の強いものを求めます。またお尻に注
入する液体の量も徐々に増えてきたり、我慢を強いられる時間もより長くなって
行きます。また何かあったらすぐにトイレに駆け込める室内でのプレイにとどま
らず、野外でそれもトイレが遠く離れている場所で、人に見られないよう浣腸を
施されて、トイレのある場所まで我慢させられたり、というのもエスカレートす
るプレイ事例でしょう。

緊縛も拘束される苦痛から解放される快感がM女性を魅了し、縛りによる拘束
厳しくなればなるほど、その後解放された時の快感は倍化するようです。初めは
軽く股縄をかける程度だったものが、次第にマニアックなものになり、吊るし
などに発展していくといいます。

露出プレイの場合、見られる可能性(確率)や、見られた姿の露出度でその快楽
度合いが決まります。格付けするならば、夜の公園<ホテルの廊下<昼の公園<
コンビニ<列車...こんなかんじでしょうか(笑)これはなにも全裸露出とい
うわけではなく、下着を着けないでスカートを履くことも露出(局部露出)です
し、また全裸にコートを着て外出することも、外見的には露出していませんが、
精神的には露出です。初めのうちは、全裸にコートを着て夜の公園を歩くとか、
それ位だったものが、段々とみられるリスクの高い場所でするようになったり、
もし万が一見られたら、より恥ずかしいと思える格好にへとエスカレートし進ん
でいくのですね。

好きこそものの上手なれというように(ここでいう例えとして適切じゃないかも
しれないですけど(笑)...)、そうした変態的な行為にひそかな願望や興味
があって、その快楽の虜になってしまったなら、エスカレートするスピード
ってものずごく早いものです。

また厳しい調教でさえ、どれだけ耐えれるかは、ご主人様との信頼関係や、どれ
だけ愛情をもって、大きな目でM奴隷の頑張りや真面目な努力を感じ取って、
理解してくれるかどうか、これに尽きますね。それとそうなってしまった(エス
カレートした調教によって、変態女になってしまった)自分でさえ、きちんと
受け止めてくれて、気持を理解して、受け入れてくれるという安心感。そうした
ご主人様との温かい信頼関係に尽きますね。


  1. 2008/04/07(月) 22:21:49|
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ハマってしまう理由(ワケ)

M女性がSMの世界の存在を知り、本能的にその世界観に何かを感じ取り
次第に惹かれていくのはなぜか?

色々と考えていたのですが、おそらくそれは、無意識のうちに自分を追い込んだ
り、自分を傷つけるような行動を取ったりという「自己破壊願望」が心の底にあ
り、自分をコントロールできず、その結果自己嫌悪に陥ったり、自分自身でも気
が付かないうちに自分で自分を苛めている、そこに原因があるケースが多いよう
に思います。

例えば、よせばいいのに無理な仕事を引き受けてしまったり、また友人や知人が
驚くような大胆な行動や決断をするのも、内側に隠れた破壊願望の現れなのでは
ないかと思います。そうした経験ってありませんか?

潜在的に、その気持ちから逃れたいと思う願望の表れが「服従」したいという形
に表れ、M奴隷としてご主人様にお仕えするという身分に自ら身を落とし、その
結果得られる絶対的な「支配」によって、自分のことを守ってもらいたいという
動物的な本能が働くのではないかと思います。

それでいて表面意識上では、自分は一人で生きていける強い人間になりたい思っ
ていて、強くなること、人よりも努力をして一歩先を行きたがるので、その事実
を認めようとはしないものです。そのギャップに皆苦しみ、「罪の意識」のよう
なものを感じて悩んでいる人が案外多いようです。

いじめられてみたいという願望は、自分の中にある認めたくない弱い部分に本質
があって、でもわかってもらいたい部分でもあるので、それを認めてもらえて
、やさしく包み込んでくれる相手が欲しい。

そんな切実なる思いが形を変えて表れた結果でもあるので、厳しい調教とその後
でそれに耐えて頑張ったことを認めてやさしく抱きしめられたりとか、そうした
ぬくもりや優しさのために、ついつい痛みを伴う攻めや恥ずかしい行為であって
も、受け入れてしまうといいます。ハマってしまう怖さがここにありますね。


  1. 2008/01/23(水) 23:01:15|
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服従したい理由

自分がM(マゾ)だと思い込んでいる女性って案外多いです。
縛られてみたいとか、虐められてみたいとか、いっぱいイヤラシイことをされて
みたいとか、色々な願望があります。

SMというキーワードで何気なくYahooやMSNで検索してしまった。それはただ何と
なくな行為であったり、憧れのようなものがあり、好奇心からというのも、その
理由なのでしょうが、S男性との主従関係に「何か満たされるものを求めて」と
いうのが理由のひとつなのだと思います。

主従関係、つまり「服従したい」という願望はどこからくるものなのか?

自分ではどうしようもないマイナス感情や気持ちの不安定さを抱えている時、そ
れを自然に、素直に出して誰かに委ねてしまいたいって思っても、それができな
いことの方が多いですよね。そんなときに「服従」することしか許されない関係
がもしあったなら、「素直」にそれができるかもしれないって、本能的に思って
いる。このことが一番大きい気がします。

つまり自分が一番自分らしく、自分本来の姿でいられるという、そうしたよりど
ころ的な場所を作りたいがゆえに、「服従」を誓うご主人様が欲しい。

幾度となく繰り返されるためらいと葛藤を経たとしても、何時かはたどり着きた
いものですよね。安心して仕えることができるご主人様との運命的な出会いに。

  1. 2007/12/02(日) 10:34:52|
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身を落としてさえも得たいもの

M女性の多くは日常生活の自分と内面のM性のバランスを自分自身でコントロー
ルするすべがなく、人知れず悩んでいることが多いようです。

順調に行っている時はよいのですが、何事にもプラスとマイナスが在って、交互
にそれが来るように、自分の環境や身に降りかかってくる出来事が、あまり良い
方向に向かない時、普通の人よりも心のバランスが大きく崩れやすく、自分自身
に刃を向けてしまうことが往々にしてあります。

たいていのM女性はその恐ろしさを本能的にはわかっていますが、その怖さゆえ
に、なかなかそれを認めることができず、深みにはまっていくのです。

M女性がSMの世界を知って惹かれていくのは、不安定な自分をコントロールし
てもらいたいという本能が、ある意味で自分を守りたい(ストレスや降りかかる
プレッシャーから解放されたい)がゆえにでもあるのです。

よくお会いしたプレイ希望の女性に便宜上「どんなプレイがしてみたい?」なん
てことは聞くのですが、根の部分では、肉体的に苛められることで快感を得るた
めだけのSMではないはずです。

ご主人様の奴隷として「服従」することで初めて満たされる精神的な安定であっ
たり、身を落としてさえも得たいと焦がれる、絶対的な「支配」によって自分を
守ってもらいたいという本能的な欲求、そうしたどうしようもない性(サガ)に
さいなまれたココロを、どうにかしてもらいたい!そう心の中で叫んでいること
を配慮しながら、気持の紐を解いていくようにしています。

ただこれがなかなか難しいのは確かです。根気も要ります。

  1. 2007/11/26(月) 22:45:02|
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関係を焦ってしまう心理

ネットを通じた出会いに限ったことではありませんが、往々にして「関係を焦っ
てしまう」ということが、あると思うんですよね。それは勿論私にもあります。
理由を紐解くと、それは「不安な心理」からかもしれません。

当然ながらネットを通じた出会いは、相手が見えないわけで、コンタクトは唯一
Eメールのみ。書いたメールに対して、相手がどう思ったのか「不安」に思った
りすることだってあります。

写真をメールで交換したり、初めて出会って実際に互いの容姿を確認し合った時
も、よっぽどの自信家なら別でしょうけど、ご主人様が(またはM女性が)自分
を気にってくれるんだろうかとか、相手の好みの自分なのか不安を抱いたりなん
ていうのは、当たり前のように抱く心理だと思います。

経験がない女性は不安が先立つので、安心がないと先に進めませんよね。経験が
あったとしても、最も隠すべく秘密の性癖に対して、すぐに無防備にさらけ出す
勇気は早々持てるものではないですしね。それは私も同じですからよくわかりま
す。

そうしたことを経て、実際に出会って、いざ体の関係を持つシチュエーションに
なったとしても、それはそれでドキドキする瞬間の連続で、相手が自分の求めて
いるセックス(あるいはSM調教)で果たして満足してくれるのかなとか...
どうやったら受け入れてくれて、性的に満たされていくようにしてあげれるだろ
うとか...S男性はあれこれと思案します。

またM女性は、自分の身体を見られて、女性としての魅力を受け入れてもらえる
だろうかとか、緊張の中でどこまで自分の本性をさらけ出しても平気なんだろう
か...とか、相手を受け入れる勇気がもてるように葛藤したりすることもある
んだと思います。

とくにSMって、セックス以上に嗜好性が出るので、SとMだからといっても、
その微妙な独自のフェチ(エロに対するこだわりの部分)が、互いに求めている
ことで、一致するのかどうかも、とてもナイーブな問題ですしね。


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  1. 2007/07/10(火) 21:14:04|
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アメとムチの快楽

何故にマニアックとかアブノーマルといわれているSMの世界に身をおくようにな
ったのかというと、Linzoの場合は「男が責めで、女が受身」というセックスの
延長に、S男があっただけの話で、言ってみればノーマルなセックスが段々と
ディープになっていくという過程で、そうしたバリエーションの一つとしてSMに
出会い、男性の僕は当然の役割分担ということでS役を受け持った。きっかけっ
てそんなところだったように思います。

S男だというと、厳しくて、完全主義者的なところがあって、命令には絶対服従
じゃないと、すぐお仕置きをして...なんてイメージがあるのかもしれません
が、本質的には、ちょっと違うような気がします。

どういうポイントでM女性が感じるのかとかを洞察したり、どこまでが限界で、
どこまで以上やらないと感じないのかとか、案外ハラハラしながら色んなことを
考えながらプレイしていることの方が多いかな。

M女性は痛いのが好き?なんていうのは典型的な誤解の一つで、誰だって、鞭で
叩かれれば痛いし、ロウソクを体にたらされれば熱いに決まってます。でも奴隷
として「服従」して、ご主人様に喜んでもらいたくて、痛みに耐えて...実は
その後に与えられる「ご褒美」「ねぎらいの言葉」とか、そんなアメとムチの世
界に快楽を得られるのがMの本質だと思います。

ただそうした快楽を引き出すということは、口で言うほど簡単なことでもなく、
試行錯誤の連続であることは間違いないです。あとは相性もあったり、気持ちの
バイオリズムもあったり。

月の満ち欠けで人の本能的な部分が支配されているということをどこかで聞いた
ことがあります。女性に生理の周期があるように、そうした循環って知らずの内
に男性にも実はあって、2人のバイオリズムが山の部分で重なっていると、かな
り充実したセックスやSMプレイができたりするものなのだと最近実感した次第。

あまりハイとうつが交互というのも不健全ではありますが、背徳感だったり、被
虐感というSMの本質にある部分というのは、ちょっと普通じゃない状態をわざと
演出することで引き出されることが多いのではないかと思うのですがどうでしょ
うか?


  1. 2007/02/14(水) 04:04:55|
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不思議な矛盾

nakedcolorにメールをくれる方は、やはり多かれ少なかれプレッシャーやストレ
スを抱えて生きている人が多く、それ故にSM性が芽生えたり、刺激や変化を求
めたりするのだろうか...そうしたことが行間から感じられるケースが多いよ
うに思います。

そうした女性と実際に会うと、普通の素敵な女性だし、なぜこの人がMなんだろ
うと首を傾げたくなるケースも多かったりしました。女性の心の中というのは、
なかなか外見からは判断できないものですね。


よくあるケースとしては、以前お付き合いした男性がSで、そういうプレイを強
要され、そのときはイヤで仕方がなかったけど、実は自分はMでそれを渇望して
いることに気が付いた...

そういうこともよく話しとして挙がるのですが、それよりも前のルーツを紐解い
ていくと、これも意外と多いのが強い虐待やいじめを受けた経験が「M性を開花
させている」という不思議な矛盾です。

実際に綺麗だし異性にももてる容姿の持ち主が、そうしたことに同姓の嫉妬を買
い、虐めに会い、男性の前でスカートをわざと捲られたり、そんなはずかしめを
同姓から受けてしまう破目に...そのときの羞恥が不思議と忘れられなくて、
一人Hの時に思い浮かべるのはいつもそのこと...

体育会系で上下関係が厳しい中で思春期を過ごし、先輩のイジメにも耐え、そう
した傷も心の奥にしまっておいたけど、不思議とそうした厳しさで、接してくる
男性に弱くて、たまたまSだったその人についていく破目に...

色んなパターンがあるもんです。実に色々な経験を経て、nakedcolorにたどり着
いたという感じです。実際そういう人が殆どですからね。とか言っているLinzo
も色々な回り道をしていたりするので、結局のところ出会う人とは同質で、何か
しらの「」であったり、何か「波長」のようなものが合うからこそ、出会うのでは
ないか?そうした実感が少しあります。

  1. 2006/12/26(火) 01:24:19|
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かわらないもの

記事の更新が大変間があいてしまい、申し訳ございません。
12月は確かに仕事が大変忙しくなる時期ではあるのですが、ブログぐらいは更新
しないといけないと思いつつ、今日になってしまいました。

にもかかわらず投稿写真掲示板に実際に投稿してくれた方がいたのがとても
嬉しかったです。本当にありがとうございます。


青山にある「カレー麺実之和というお店に入ると、1970年代から80年代の雑誌
や漫画が置いてあるのですが、特に雑誌を見るとその時代の空気が感じられて面
白いものがあります。

男性誌に載る女性は微笑んでいて、可愛い路線、少し不安そうな視線とか、まあ
今のグラビアと対して変わらない感じ。それに対して女性誌に載る女性は殆どが
外国人で、例えばanan等では占められており「男に媚は売らないわ」「自立した
大人の女」っていう雰囲気を滲ませて、少し生意気そうな視線を投げかけて..

でもファッション自体は笑ってしまうというか、当時はこれを見本にお洒落をし
ていたのかぁと思うと少し笑ってしまうものが...

そうした時代で変わっていく刹那は、雑誌を見ていて痛いほど目に飛び込んでき
たというか、もう消えてしまっているタレントも多く、こんな人いたなあとか、
こんな電化製品あったなぁとか。「無常」を感じました。

それでも変わらないことってなんだろう?

と、ふと思ったのは女性が強そうなところかもしれません。その頃の女性誌を見
ても、女性は強そうにふるまっているように見えました。でも実際はどうでしょ
うね。

最近女性が強くなったと言われますが、僕はそうは思いません。強く見せていな
ければ生きていけないほどの不安感や恐怖感を、男性に対して抱いているのでは
ないか?逆説的かもしれませんが、だから女性は強くなっていく...なんとな
くですけど、そう思っています。

一見強そうに装ったところで、本質的なところはなんら変わるわけもなく、
女性は男性よりも何倍も傷つきやすくナイーブで、そして何よりも臆病

毎年どこかの雑誌で繰り返されるアンケートで「どんな男性が好きですか?」
そんな問いの上位には必ずこんな答えが顔を見せていますよね。

「優しい人」

その当時の雑誌を見てもそうでした。この傾向は何十年も変わっていないのです
ね。多分この先もずっと同じような答えが上位を占めているはずです。

時代が変われど、女性の本質は変わっていないのだから。
やっぱり優しくて、多少お人よしで騙されてしまうぐらい、あの人と喧嘩しても
全然喧嘩にならないぐらい温厚なこと、これって大切な資質だと思うんです。

  1. 2006/12/18(月) 22:44:41|
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