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nakedcolor Blog 〜 ミニスカートの中はリモコンバイブ
羞恥プレイやアナルプレイが大好きなヒーリング系SM調教師LinzoのプライベートBlog。調教希望を受付中。

一葉のメール

はがきなどの手紙の数え方は、手紙を書く前と、書いた後で異なります。
書く前は「○○枚」と数え、書いた後は「○○通」と数えます。

意外と知られていないのですが、実は手紙にはもう一つ別の数え方があり
ます。それは「」です。

一葉、二葉という数え方はどういう時に使うかというと、母親からの激励
の手紙とか、大切な友人からの励ましの手紙、愛する人からの心温まる手
紙などを、特別に「○○葉」と数えます。

思わず目頭が熱くなるような、大切な人からの手紙は、掌(てのひら)に
木の葉を包むように大切にして読みますね。そこから来ているそうです。
今だったら木の葉の代わりに携帯電話で、はがきではなくメールですね。

M奴隷
にとって、ご主人さまからのメールは、その一字一句に気持ちを揺
れ動かされるわけですから、どんな些細な内容であっても「一葉」と数え
るべくものでしょう。それによって、

 子宮の奥が熱くなるほど淫らな気持ちになったり...
 被虐感に魂が揺さぶられたり...
 背徳感を感じて一人悩んだり...
 それでもご主人様の期待に応えられるようになりたいと...
 望むならそれがどんなに変態的な行為でも...
 どんなに羞恥的なことであっても...
 覚悟をきめようと決心したり...
 真心をもって奉仕したいと思ったり...

メールってとても大切なコミュニケーションですね。
あなたは何葉のメールをご主人様からもらえましたか?
何葉のメールでそれに応えてます?



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  1. 2008/04/27(日) 23:22:40|
  2. 理想のご主人様|
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逢ってもいいなと思える人

癒しというキーワードに惹かれてか、なんだか精神的に、あるいは肉体的
に、疲れて、実生活でなかなか前に進もうという勇気が出なくて、もうど
うにでもしてという気持ちで調教依頼メールをしてくる女性がたまにいま
す。

普通のセックスでは物足りないので目隠ししたり縛ったりしてほしい。
すぐにあったりは怖いからメールで調教してほしい。

なんだかやる気があるのかないのかわからない、掴みどころのない文面の
言葉少なめなメールが共通点。

その奥に潜むインサイト、ペルソナを紐解くとすれば、それは恐らく「
分を信じていない人
」。高い確率でそうなんだと思います。

そういう人って、他人も信じていないし、どこか軽薄に思っていて、粗末
に扱ったり扱われたりのやり合いになりがち。とてもではないのですが、
SM調教に必要なエッセンスの一つ「主従関係」とか「変態を共有すること
(背徳感をわかり合って互いにかみしめるみたいな...)」とか、そう
した一体感が生まれるでもなくて。

で、そのくせ形にこだわる傾向があるので、やたらと縛りをせがんできた
り、何かに追い立てられているのか、先を急ぎがち。そして上手くいかな
い時は相手を責める。(自信ないから自分の責任を認める勇気が持てない
からなのですけどね...)

Linzoが逢ってもいいなと思える人は...信じて待てる人、信じて委ね
られる人、信じて尽くすことができる人。つまりは自分を信じることがで
きる人、という風に思うんですよね。

SM調教するってものすごくエネルギーがいることです。
費やすならその資格があると認めた人に、愛情と時間を費やしたいので。


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  1. 2008/04/25(金) 21:29:37|
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背徳感の中にこそ

やはり何が一番好きって言えば羞恥プレイと答えます。

こんな姿を見られたらもう生きていけないようなそんな「変態的」な行為
、それは人それぞれ考え方が違うので、その行為はその人にとって異なれ
ど、恥ずかしくて、決して見せられないと自分で思ってしまう何か、それ
をあえて命令し、服従させ、頭の芯が痺れるような羞恥心を感じさせなが
ら、心臓が早鐘のようにドキドキと脈打ち、震えが体を駆け上がってきて
も、決してそれを許さずに、その変態行為を継続して実行させる。

形としてどのような行為かは二人の間だけで共有していればそれでよいの
で、具体的に何と限定することはできないのですが、精神的にはこのよう
なギリギリの所まで追い込むことが本当の羞恥プレイと考えています。
そんな背徳感の中にこそ「真の快楽」があると思うんです。

その一線というのは、つまりここまでは普通で、これ以上やってしまえば
変態だという境界は、人それぞれなわけで、四つん這いにさせられアナル
を突き出させられてイチジク浣腸されても、別にどって事もないと感じる
場合もあれば、普通にショーツを身につけていて、スカートをめくるよう
に命令されただけで、自らスカートをめくって人様に見せるという行為が
変態行為と感じられて、顔を赤らめる場合もあるわけです。

でも、そういう固執や執着を捨て去ることで自らの心を解放できて、抑圧
されていた何かから自由になれるのは確かなこと。

その快楽を体験させたいからこそ、そしてそうした快楽に酔い、心の芯で
感じている姿が見たくて、だから、人には決して見せられないほどの恥ず
かしい姿にして、言葉攻めで追い打ちをかけるようにして辱めるんでしょ
うね。

敏感に反応してどこまでも落ちて行ってもよいとさえ思って受け入れる姿。
服従すべく身を任せ、素直に全てを委ねて、身も心も預ける潔さ。そこに
女神のような神々しさを感じます。

あとで一緒に食事をする時は、別にMだって見えないのに、調教のその時
スイッチがオンになると、色気がでて、フェロモンが全開になる人に男の
人はハマりやすいものです。



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  1. 2008/04/22(火) 22:45:09|
  2. 羞恥プレイ|
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願望(検索)キーワードでわかる人間模様

今月の「ミニスカートの中はリモコンバイブ」ブログにアクセスしてきた
人の検索キーワードをまとめてみました。

それにしてもHで変態的なキーワードばかりで壮観なもんです(笑)
やっぱリモコンバイブをはじめとして「バイブ」が多いのと、羞恥プレイ
関連の記事とかタイトルにミニスカートがあるせいか「羞恥」「露出」が
案外多く、股縄とか緊縛が多いのが特徴でしょうか。分析している場合で
もないですけど...(笑)

 リモコンバイブ
 バイブ リモコン
 バイブ 調教
 バイブ ブログ
 羞恥攻め
 バイブ
 リモコンバイブ 露出
 バイブ 羞恥
 m奴隷
 ブログ 露出プレイ
 ミニスカート 緊縛
 いかせて バイブ 焦らし
 ショーツ ミニスカート 快感 見せ 恥 濡れ
 願望 縛り 被虐
 リモコン 告白 調教
 ご主人様から夫とのsexを禁じられています
 ミニスカートsex
 リモコンローター
 官能 性 奴隷
 リモコンバイブ 小説
 ブログ 野外調教リモコンバイブ
 香奈の調教日記
 メス犬 先生 洋子
 tバックショーツ 告白
 バイブせめ
 バイブ ミニスカート リモコン 中 歩く
 奴隷女のブログ
 ミニスカート 股縄
 アルファイン 露出
 ローター調教
 ミニスカートの中は
 リモコンローター体験
 m奴隷 ブログ
 股縄マイクロミニ
 ミニ 尻肉 露出
 マイクロミニ 羞恥
 マゾ 見分け方 女
 縄ふんどし
 ミニスカート奴隷
 ブログ 調教
 拘束、リモコンバイブ
 お店 リモコンバイブ
 ミニ 調教 露出
 アルファイン プレイ
 バイブ調教
 フェラチオ 調教師 奴隷
 屋外 虐め 露出 羞恥
 リモコン 羞恥
 して 女性 調教
 恥辱 褌

Mの女性がHサイトをネットサーフィンする時や、ブログ等でご主人様を
探す場合、性的な嗜好性をキーワード検索すると聞いて、Linzoの好んで
いるキーワードを「出会いのバイオリズム」という記事で公開したのです
が、一致しているのは「羞恥プレイ」ぐらい?

お尻とかアナルとかの関連キーワード(アナルセックス、浣腸プレイ、ア
ナルビーズ、Tバック)とかは、好きな割にあまり記事を書いてこなかっ
た付けが回ったのかもしれんですね。

精神的な意味では「奴隷誓約書」「奴隷契約書」なんかも結んで、厳しく
精神的にも奴隷として躾けて、奴隷にふさわしい礼儀作法や、挨拶、衣服
を心がけさせたり、奉仕をさせたり、調教外ではその分うんとやさしくし
たり、あまえさせたり...なんていう甘い恋愛のような感じや、熱い任
侠、いや主従関係(笑)のような、そういう思いをこめて、書面にして、
契りを交わすというのも粋で良いと思うのです。



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  1. 2008/04/19(土) 23:15:17|
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名残惜しい

鉄板にキャベツが豪快にのって、ソースがとても美味しくて、しかもダイエット
にもなるという大スキなお店の一つ「じゅうじゅう恵比寿店」が昨日閉店してし
まいました。

たまたま昨日は恵比寿で商談があったので、お店の前を通ってそれを知り、
最後にお薦めの「玉子のせブタ定食」を食べれたのはラッキーでした。
それにしても「名残惜しい」味。

名残惜しいと
言えば、M女性とのおつきあいにおいても多々あります。

ブログでは癒し系調教師(笑)とか、かっこいい形容詞を使ってナルシストぶり
を発揮してますけど、結構失敗とか、後悔するようなこととかも中にはあって、
よいことばかりではないのですよ。

一番多い失敗は、せっかちになってしまって、相手の気持ちのペースよりも先走
りがちになってしまうことでしょうか。あとは嗜好性の違いなんてのもあります。
言葉攻めで顕著にそれが出ますね。

M女性との出会いというのは、正直怖いと思う時もあります。初めて会う時など
は今でも緊張します。こちら主導でエスコートしてあげなきゃと思うのですが、
何せ口下手なところもあるのと、そうならないように心がけてますが人見知りを
してしまうところが少しあるからです。

結果というのは、これまでやってきたこと、気持ちの強さ、運とかに左右されま
すから、じたばたしても始まらんのですが、よいと思った女性ほど、名残惜しく
い結果となってしまうのは、まだまだということなんでしょうか。



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  1. 2008/04/11(金) 22:30:46|
  2. 仮面の告白|
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調教が徐々にエスカレートしていく理由

例の宮崎県庁舎前の露出ヌードなど、ここのところ露出が事件になってるケース
がよくあるみたいで、そういう人を見て、「そんなに裸が好きならヌーディスト
村にでも行けばいいのに」という人がたまにいますが、それって本質的なこと、
まったく理解していない人の発言だと思いませんか?(確かに社会通念上やって
はいけないことだし、あのような場所で露出する行為を、悪いとする人の意見を
否定しているのではないです。)

ヌーディスト村で裸になる事は、ある意味自然なことであり、見られてはいけな
いスリルのある露出とは、明かに違う行為だということなんですね。

例えば銭湯で裸になるのは恥ずかしい行為ではありませんが、コンビニでにな
ることは恥ずかしい行為です。それはなぜか?とよくよく考えてみると、銭湯は
身体を洗う場所であり、裸でなければ当然洗うことができません。裸になること
には必然性があり、自分以外の全ての人が皆裸だから恥ずかしくないわけです。

一方コンビニでは裸になる必然性はまったくなく、自分以外の人は皆衣服を身に
付けています。自分一人だけが裸...羞恥心が生まれる原因は、周囲の多くの
人と自分が異なる場合に生まれるものと考えるとわかりやすいかもしれません。

もし、コンビニにいる全てのお客さまが裸だったら、羞恥心のほとんどは取り除
かれるものと思われます。野外で裸になるのだって、祭りで褌一丁で神輿を担ぐ
のに、恥ずかしいなんて言う男は逆に笑われてしまいます。

また、あるSM嬢が始めて浣腸をされた時、死ぬほど恥ずかしかったのに、今では
何も感じないと言います。SMクラブで浣腸されることは仕事(当たり前)であり
、必然性があると思うようになったのがその理由だと思います。その行為を理解
している「マニア」が集うと、その集団の中では、その行為は「必然性」ですか
ら羞恥心がなくなるのですね。

羞恥心が生まれる原因は、多くの人と自分が異なっていると自覚した時や、必然
性のない行為をしていると自覚したときに、その不自然さに感じる感情で、特に
女性はそれに敏感だと思います。

そんな中でもM性を持ち合わせている女性は、特に背徳感や倫理観のフィルタが
しっかりしていて、それが反作用のように後押しをして、羞恥に対して、快楽が
伴うほどに敏感です。

羞恥プレイや露出などに限らず「快楽」はM女性にとって必要なファクターの
一つです。

ただ快楽と言っても全てが気持ちいい行為ではなく、苦痛から開放された場合も
同種の快楽と言えます。浣腸が好きなM女性の場合、便意の苦痛から解放された
時に快感を得ます。

快楽とは「苦痛」と「快感」の表裏一体に存在するものです。

鞭や蝋燭もこれと同じです。鞭の痛みや蝋燭の熱さといった苦痛からの解放が快
楽となるのです。そして「よくやったな」というご主人様のねぎらいの言葉。
認めてもらえたり、その姿を喜んでくれる存在が、気持の充実につながるわけで
すね。

そしてその「耐える」「我慢する」といった行為は、徐々にエスカレートする傾
向にあります。


鞭であれば痛みの少ない「バラ鞭」から徐々に痛みの大きい「乗馬鞭」「一本鞭」
「牛追い鞭」とエスカレートしていきます。より痛みの強いことを耐えることに
より、より大きな快感を得ることが出来るからです。

浣腸の場合も同様で、最初はイチジク浣腸をお湯で薄めてといった軽いものから
牛乳、グリセリンといった形で、より刺激の強いものを求めます。またお尻に注
入する液体の量も徐々に増えてきたり、我慢を強いられる時間もより長くなって
行きます。また何かあったらすぐにトイレに駆け込める室内でのプレイにとどま
らず、野外でそれもトイレが遠く離れている場所で、人に見られないよう浣腸を
施されて、トイレのある場所まで我慢させられたり、というのもエスカレートす
るプレイ事例でしょう。

緊縛も拘束される苦痛から解放される快感がM女性を魅了し、縛りによる拘束
厳しくなればなるほど、その後解放された時の快感は倍化するようです。初めは
軽く股縄をかける程度だったものが、次第にマニアックなものになり、吊るし
などに発展していくといいます。

露出プレイの場合、見られる可能性(確率)や、見られた姿の露出度でその快楽
度合いが決まります。格付けするならば、夜の公園<ホテルの廊下<昼の公園<
コンビニ<列車...こんなかんじでしょうか(笑)これはなにも全裸露出とい
うわけではなく、下着を着けないでスカートを履くことも露出(局部露出)です
し、また全裸にコートを着て外出することも、外見的には露出していませんが、
精神的には露出です。初めのうちは、全裸にコートを着て夜の公園を歩くとか、
それ位だったものが、段々とみられるリスクの高い場所でするようになったり、
もし万が一見られたら、より恥ずかしいと思える格好にへとエスカレートし進ん
でいくのですね。

好きこそものの上手なれというように(ここでいう例えとして適切じゃないかも
しれないですけど(笑)...)、そうした変態的な行為にひそかな願望や興味
があって、その快楽の虜になってしまったなら、エスカレートするスピード
ってものずごく早いものです。

また厳しい調教でさえ、どれだけ耐えれるかは、ご主人様との信頼関係や、どれ
だけ愛情をもって、大きな目でM奴隷の頑張りや真面目な努力を感じ取って、
理解してくれるかどうか、これに尽きますね。それとそうなってしまった(エス
カレートした調教によって、変態女になってしまった)自分でさえ、きちんと
受け止めてくれて、気持を理解して、受け入れてくれるという安心感。そうした
ご主人様との温かい信頼関係に尽きますね。


  1. 2008/04/07(月) 22:21:49|
  2. SMの心理学|
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M奴隷を調教する際には..

普段はSっぽく思われ、そしてそうふるまい、プライドも高くて、負けず嫌い。
対等かそれ以下な人と付き合うことが多く、周りにも認められている女性ほど、
実はM願望があるというのはよくある話。

ふとしたことで始まってしまう目隠しセックスやハンカチ縛りとか、軽いスパン
キングとか、鏡の前での羞恥的な言葉攻めとか...そんなことをきっかけに、
Mであることを見抜かれ、M奴隷として扱われる羽目になった..

これは実は幸せなパターン。

本当はそうした願望があったとしても、決して言い出せずに、言い出したとして
も、相手はそんな風に自分を思ってくれないものだから、変に遠慮されて冗談だ
と思われたり、切実な告白をしたつもりなのに、軽く受け流されたり、真面目に
引かれてしまって、その場をなんとか取り繕ったものの、その実深く傷ついて、
もうこんな思いをしたくないと、一人で誰にも言えず、本当の自分の性癖を理解
してもらえないという苦しみを抱え込んでしまう。

そういう悲しさや、孤独感を、人知れずに、持ちつつもそれを素直に告白する場
がなくて、そうした場を見つけることも出来ずに、それでも頑張っている人。

そうした人がやっとの思いで、ここにたどり着いて、何とか告白メールを書いて
かなりの勇気を元に、言葉を振り絞って伝えてくる。

その行間からは、これまでの思いが詰まっていて、ほんの少しのメッセージでさ
え、その言葉の節々から、切ない感情が込められているのが感じられます。

そうした悩みは、やはり自分も通ってきた道であり、いや実際カミングアウトし
ていないのですから、性的なこととなるとSMが頭から離れられず、普通のセッ
クスだけでは、どうしても満足ができず、満たされない思いに苦しんで、そうし
た自分に対して、今も自分を恥ずかしいと思っているので、共感できるし、読む
だけで胸がいっぱいになってしまうようなメッセージをくれる女性には、よくぞ
私にコンタクトしてくれたという思いで、感謝の気持ちになることもしばしばあ
ります。

素直に嬉しいんですね。

実際に逢う逢わないは別として、悩みを共有できる人と繋がっていられるという
ことは、ありがたいことであり、刹那的ではあるけれど、歓びの一つです。

実際調教となると、相性もあったり、性的な願望もSMのカテゴリーは一緒でも
微妙に違っていたり、またご主人さまとして認めてもらえるかどうかは別の問題
ゆえに、本当に相思相愛の奴隷を得ることってとても難しいのも事実ではあるけ
れど...

それでも、M性を持ち合わせている女性は、とても愛しく思えて、その本質的な
素直さや健気さ、どんなことでさえ真面目に取り組んでしまうひたむきさ、真心
で接して愛情を持って奉仕してくれたり、主を信じて懸命についてきてくれて、
そして性的にも精神的にも主である自分に依存して、自分の存在なしでは生きら
れないとまで言ってくれる存在。

一つの筋を通して、責任を持って、そしてすべてを受け入れてくれることに感謝
をこめ、その現れとして、厳しい調教で応える。考えてもみれば、そんな世界っ
て他にないのでは?そうも思えて、恥ずかしくてカミングアウトできない自分が
情けないけれど、その反面、そうした世界に身を置くこととなったことに後悔は
なく、むしろ誇りにさえ思える時もあって、うまくは言えないのですが、悩んで
いる女性、自分を必要としてくれる人に少しでも、満たされる気持になってもら
い、これまで、いろんな女性にしてもらった真心からくる行為や親切に感謝して
、それを少しでもかえしていく。

そういう志だけは、忘れないように。これが調教ポリシーです。

なんか今日はあほくさいほど真面目で、読みにくい記事になってしまいましたけ
ど、こういうこと一度書いておきたかったんです。

結局のところ愛情が大事で、形として言葉攻めとか、とか、緊縛とか、バイブ
とか、スパンキングとか、羞恥プレイとか、奴隷としての服従とか、フェラ奉仕
とか、アナル調教とか、浣腸とか、強制オナニーとか、露出プレイとか、ペット
プレイ
とか、奴隷誓約書とか、いろいろあるにせよ、それは結果であって、その
本質的なことって、やっぱアイシテルっていうシンプルな事実ですよね。


  1. 2008/04/05(土) 00:13:14|
  2. 調教ポリシー|
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